お米講座開催させていただきました♪

お米マイスター
去った10月7日に、久しぶりに小学校5年生対象のお米講座を開催させていただきました。
 
おにぎりや炊き比べの出現もなく💦
ただただ話すだけの45分、、、
果たして持つのか、というちょっとした緊張感を持ちながら準備をしていきましたが
 
 
「精米の仕方で栄養や味が変わるということでしたが、なぜですか?」
「日本の米を外国で植えることはできるのですか?」
 
予想していないような質問が出てきたりと、時間が足りなくて、休み時間に入ってもあちこちから手が挙がる、楽しい時間となりました。
 
まさか話し足りないなんて・・・
 
積極的で自然体、人懐っこいコ達で、校長先生含め、先生方の姿勢や地域の方との連携など、私自身も学びの場となりました。
 
「他の人たちの質問なども聞いて、本当に気づきでメモがいっぱいです。感想を書くと何枚になるか分かりません。楽しかったです!」もう・・こちらが泣きそうでした。
 
ありがとうございます。
 
まだ「ななこセンセ」、大丈夫そうです笑
さて
今後は講座も取り組んでいきますぞ٩̋(๑˃́ꇴ˂̀๑)
 
普段、お声掛けいただいた講座はすべて嬉しく楽しい時間を過ごさせていただき感謝でいっぱいなのですが、今回はなんとなく私にとって特別な感じがありました。
なんと!!
私の恋焦がれる「受水走水」近くの百名小学校からの依頼でした。
 
土地柄もあり稲作や地域の歴史への学びについて意欲的な校風もあり、私にも学びの時間でした。今昔マップなどでは辺り一帯が戦前は稲作が行われていて水田の広がる光景だったということ。戦後はとにかく食べなければいけないということで芋を植え始め、それがキューバ危機でサトウキビに代わっていったのは金武で聞いたお話しと同じでした。
 
そんな歴史背景も含め、近いうちプチツアーを開催します!
詳細、今ご一緒していく方と進めていますので、楽しみにお待ちください(実は私が一番楽しみだったりします(⋈◍>◡<◍)。✧♡)
 
 
渡久地奈々子過去お米講座⇒お米講座ブログ一覧

「以前は稲作が行われていた地域」というのは日本各地であるのかもしれません。今回知った南城市の地域もそうですが、少し前に豊見城でも歴史資料館を訪ねた際に、上田という地域方面でも田園が広がっていたということを知りました。
 
沖縄の米文化は歴史的背景も含めて本土とは異なる時間を歩んできました。
教科書で教わるのは日本本土の内容で、田植えの時期や収穫までのスケジュールなども違いがありますし、台湾から入ってきた品種や戦後アメリカのお米を食べる時期があったなどにも違いがあると思います。そこに疑問を持つ先生もいらっしゃいます。

私自身、この仕事に就くまで「お米」に関心を持つことは正直少なく、考える機会もありませんでした。最近になり、小学校の5年生の授業で習うようですが、基本に教科書を学ぶこともふまえ、それぞれの地域での稲作やお米文化を併せて学習するのも良いと思います(既に取り組んでいらっしゃる地域がございましたら、教えてほしいです!)。
 
食料自給率を上げよう、お米の消費量を上げよう
 
それならば、古来より寄り添ってきた「お米」に今一度焦点を当て、地域や自らのアイデンティティを思い出し感じることに繋げてみては・・と考えるのは飛びすぎでしょうか(;’∀’)
できることから・・私なりに取り組んでみたいと考えています。
と前に綴ってみましたが、
・質の高い教育をみんなに
・エネルギーをみんなに そしてクリーンに
・住み続けられるまちづくりを
・つくる責任 つかう責任
・陸の豊かさも守ろう
というポイントへ繋がっていくと感じています。
 
私の愛したお米で書かせていただいている石黒さんは、当時から循環型農業を行い、それを広めようとした先駆者でもありました。大好きな師匠を思い出しながら進めてみます。